羽津小学校百年史から、昭和20年代の羽津っ子たちの遊びの様子を紹介します。
この頃も、放課後には小学校の運動場で元気に遊んでいたようです。
春ともなれば田畑には菜の花、れんげ草、タンポポなどが咲き乱れ、ひばりの声、ミツバチの「ブンブン」を聞きながら登校したものです。学校の帰りには、ひばりの巣探し、桑の実取りなどに明け暮れし、れんげ畑を荒しては、よく大人たちに叱られました。帰宅後の生活は、ほとんど家にいることはなく、ソフトボール、缶けりなどして遊びました。一時フラフープが流行しましたが、このあたりではいんしやんという遊びが流行っていました。地面に書いた正方形を四つに仕切り、この枡の中に一人ずつ入りゴムボールをつき合って遊ぶというものです。みんな夕方ごろまで運動場で大いに遊びまわり、汗と泥にまみれて帰宅します。今のように、勉強勉強となんでも塾へ通うのではなく、当時は習い屋といっても、そろばんと習字ぐらいのものでした。
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